名古屋地方裁判所 昭和58年(行ク)11号 決定 1984年4月13日
申立人 甲野太郎
主文
本件申立を却下する。
理由
一 申立の趣旨および理由
申立人は、「名古屋地方裁判所昭和五八年(行ウ)第二三号訴訟記録閲覧出頭不許可処分取消等請求事件(以下「本案事件」という。)について、申立人に対し、訴訟上の救助を付与する。」旨の申立をなしたが、その理由とするところは、次のとおりである。
1 申立人の本案事件の請求の趣旨および原因の要旨は次のとおりである。
(一) 被告名古屋拘置所長(以下「被告拘置所長」という。)に対する請求(以下「第一の請求」という。)
申立人は、現在刑事被告人として東京拘置所において勾留されているものであり、かつ、名古屋地方裁判所昭和五五年(行ウ)第三二号違法確認および損害賠償請求事件、同第三三号違法確認および損害賠償請求事件(以下両事件を総称して「別件事件」という。)の原告として自ら右別件事件の訴訟を遂行しようとしている者であるが、昭和五八年七月一三日、右別件事件の口頭弁論期日に出頭するため東京拘置所から名古屋拘置所へ移監を受けたので、同月一八日、被告拘置所長に対し、同月二二日と二五日に別件事件の訴訟記録閲覧謄写のため名古屋地方裁判所へ出頭させるよう請求したところ、同被告はこれを拒否し、申立人を同裁判所へ出頭させなかった。
また前同様申立人は、同年九月二六日、東京拘置所から名古屋拘置所に移監を受けたので、右同日、同被告に対し、訴訟記録閲覧謄写のために同月三〇日に名古屋地方裁判所へ出頭させるよう請求したところ、同被告は前同様これを拒否し、申立人を同裁判所へ出頭させなかった。
しかしながら、訴訟記録閲覧謄写のために裁判所へ出頭しうる権利は憲法一三条、三一条、三二条、八二条の各規定なかんずく三二条所定の裁判を受ける権利によって保障された基本的人権であるから、これを拒否する同被告の右各処分は憲法上の右権利を侵害する違法なものであり、しかも民訴法一五一条所定の訴訟記録閲覧謄写権を侵害するものでもある。
また仮に同被告の右各拒否処分が憲法上の右権利を侵害するものではなく、その許否の判断が同被告の裁量にまかされているとしても、同被告の右各拒否処分は裁量の範囲を逸脱したものというべきである。
すなわち、仮に訴訟記録閲覧謄写のために裁判所へ出頭させるか否かが同被告の裁量に委ねられているとしても、申立人が現在勾留中の身であるが、刑事被告人は無罪の推定を受けているのであるから勾留の目的(罪証隠滅と逃亡の防止)に反しない限り最大限市民的自由が保障されるべきであること、申立人は普段は東京拘置所において身柄を拘束されているので、別件事件の訴訟記録を閲覧謄写する機会は右別件事件の口頭弁論期日に出頭するために名古屋拘置所へ移監された場合に限られること、訴訟記録を閲覧謄写することは訴訟を追行するうえで必要不可欠であること、申立人には資力の関係もあって自ら別件事件を追行せざるをえないこと、他方名古屋拘置所にとって申立人を各口額弁論期日ごとに一、二回程度裁判所へ出頭させても何らの支障もないこと等申立人と名古屋拘置所の諸事情を総合考慮すれば、同被告が申立人を訴訟記録閲覧謄写のために裁判所へ出頭させなかった前記各処分は、同被告の裁量権を逸脱したものというべきである。
よって、被告拘置所長に対し、同被告が前記二回にわたり申立人を訴訟記録閲覧謄写のために名古屋地方裁判所に出頭させなかった処分の各取消もしくは無効確認を求める。
(二) 被告拘置所長、同名古屋地方検察庁検事正(以下「被告検事正)という。)、同国に対する請求(以下「第二の請求」という。)
前記のとおり、申立人は別件事件の原告として、当該事件記録を閲覧謄写し、訴訟の準備をすべく権利(ある意味では義務ともいえる。)を有しているところ、右被告ら三名は共同して申立人の身柄を拘束しているのであるから、申立人の訴訟記録閲覧謄写権が侵害されないよう申立人を裁判所へ出頭させる義務がある。
しかるに前記被告ら三名は、前記のとおり申立人から裁判所へ出頭させるよう請求を受けたにもかかわらずこれを拒否し裁判所へ出頭させなかったのであり、今後も拒否すると考えられるので、右被告ら三名に対し、訴訟記録閲覧謄写のために申立人を裁判所へ出頭させなければならない義務のあることの確認を求める。
(三) 被告検事正に対する請求(以下「第三の請求」という。)
申立人は前記のとおり訴訟記録閲覧謄写のために裁判所へ出頭しうる権利を有するものであるところ、被告検事正は今まで再三にわたり申立人の訴訟記録閲覧予定日より前に申立人を東京拘置所へ移監する旨の移監指揮書を被告拘置所長に発付し、もって申立人の訴訟記録閲覧謄写権を故意に妨害してきており、今後もかかる事態が継続すると予測されるので、被告検事正に対し、申立人の訴訟記録閲覧予定日以前に申立人を東京拘置所へ移監する旨の移監指揮書を被告拘置所長に発付してはならない義務が存在することの確認を求める。
(四) 被告国に対する請求(以下「第四の請求」という。)
被告拘置所長のなした前記(一)記載の各処分が違法であることは前記のとおりであるが、右は被告国の公権力の行使にあたる公務員である被告拘置所長がその職務を行うについて故意または過失によって違法に申立人の権利を侵害したものであるから、被告国はこれによって申立人の蒙った損害を賠償すべきである。申立人は、被告拘置所長の右各処分により別件事件の訴訟記録の閲覧謄写が不能となり、そのため訴訟追行上過分の事務負担を生じ、しかもかかる違法を是正するため本案事件の提訴を余儀なくされ、精神的にも多大な苦痛を蒙った。かかる精神的苦痛を慰藉するに相当な金銭の額は前記各処分ごとに一二五万円と見積るのが相当である。
よって、被告国に対し、被告拘置所長の前記違法な各処分による損害金二五〇万円中一〇〇万円およびこれに対する一回目の処分の翌日である昭和五八年七月二〇日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
2 申立人が無資力であることについて
申立人は前記のとおり刑事被告人として東京拘置所において勾留されている者であるが、現在領置金が六〇〇〇円足らずしか存しないうえ、申立人の両親は既に死亡し、唯一の肉親である兄も普通の会社員であって自らの生活を維持していくのが精一杯であり、とうてい申立人への援助は期待できないこと等からすると、申立人が無資力であることは明らかである。
二 当裁判所の判断
1 第一の請求について
申立人の第一の請求は、申立人が昭和五八年七月一八日、被告拘置所長に対し、別件事件の訴訟記録閲覧謄写のため同月二〇日と同月二五日の二回にわたり名古屋地方裁判所へ出頭させるよう請求したところ、被告拘置所が同年七月一九日これを拒否した処分および申立人が同年九月二八日、同被告に対し、前同様の理由のため同月三〇日に同裁判所に出頭させるよう請求したところ、同被告が同年九月二九日これを拒否した処分(以下右各処分を併せて「本件各処分」という。)の取消もしくは無効確認を求めるものであるところ、仮に本件各処分が行訴法三条一項所定の「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に該当するとしても、現時点においては前記出頭予定日がいずれも過去のこととなっていることは明らかであり、したがって、また現在本件各処分を取消してみても、それによって申立人に「回復すべき法律上の利益」は何ら存在しないことも明らかである。また本件各処分の性質上、後続処分が存在しないことは多言を要しないところであり、しかも本件各処分によって申立人は現在法律上の不利益を受けていないことも明らかである。
してみると、申立人には本件各処分の取消もしくは無効確認を求める原告適格を有しないことも明らかである。
したがって、第一の請求は不適法である。
2 第二の請求について
申立人の第二の請求は、被告拘置所長、同検事正、同国の三名に対し、訴訟記録閲覧謄写のために申立人を裁判所へ出頭させるべき義務のあることの確認を求めるものであるところ、右のごとき義務確認訴訟は行政権の第一次判断権を奪うものであるから違法というべきである。もっとも、行政庁のなすべきことが法律上一義的に確定されており、行政庁が自己の責任において行動すべき余地が全くなく、ただ法の覊束するところに従ってのみ行動すべき場合には行政権の第一次判断権が侵害されないと考えられなくもなく、したがってまたかかる限りで右義務確認訴訟を認めるべきであると思料されなくもないので、念のためかかる観点からも言及するに、申立人のごとき勾留中の被告人から同人が提起した民事事件の訴訟記録閲覧謄写のため裁判所へ出頭させるべく請求された場合に被告人の身柄を拘束する拘禁施設の長がこれを許さなければならない義務の存しないことは後記のとおりであるから、申立人の右第二の請求は義務確認訴訟が認められうる右例外的場合に該当しないことも明らかである。
してみると、第二の請求は不適法である。
3 第三の請求について
申立人の第三の請求は、被告検事正に対し、申立人の訴訟記録閲覧予定日以前に移監指揮書の発付してはならない義務のあることの確認を求めるものであるところ、前記のとおり義務確認訴訟は違法というべきであり、しかも勾留されている被告人を裁判官の同意を得ていつ移監するか否かは検察官の裁量に委ねられていることに照らすと、申立人の右請求は義務確認訴訟が認められうる右例外的場合にも該当しないことが明らかである。
してみると、第三の請求も不適法である。
4(一) 申立人の第四の請求は、被告拘置所長のなした本件各処分およびそれに伴って申立人を裁判所へ出頭させなかったことが申立人の訴訟記録閲覧謄写権を侵害する違法な処分もしくは行為であるから、右本件各処分およびそれに伴って申立人を裁判所へ出頭させなかったことによって申立人の蒙った損害の賠償を求めるというものであるところ、一件記録によれば、被告拘置所長は申立人主張の各日時に申立人主張のとおり本件各処分をし申立人を裁判所へ出頭させなかったことが一応認められるので、同被告がなした本件各処分およびそれに伴ない申立人を裁判所へ出頭させなかった行為(以下これを「本件各処分等」という。)が違法であるか否かについて検討する。
(二) 民訴法一五一条一項は「何人モ訴訟記録ノ閲覧ヲ裁判所書記官ニ請求スルコトヲ得」と規定し、同条三項は「当事者ハ訴訟記録ノ謄写ヲ裁判所書記官ニ請求スルコトヲ得」と規定していることに照らすと、別件事件の原告である申立人が別件事件の訴訟記録の閲覧謄写を裁判所書記官に請求し、訴訟記録を閲覧謄写しうる権利を有することは多言を要しないところであり、このことは申立人が現在勾留中であることによって何ら影響を受けるものではない。
(三) またおよそ何人といえども、訴訟提起の有無あるいは訴訟記録閲覧謄写の要否等と関係なく、憲法もしくは法令の制限のない限り裁判所へ出頭しうる自由を有することは多言を要しないところであるが、憲法三一条の反対解釈によれば、国家は法律の定める手続によって人身の自由を奪いうることが明らかであるから、勾留の裁判等法律の定める手続によって人身の自由が剥奪されている以上、裁判所へ出頭しうる自由が制限されても、これは憲法の許容する例外の一つに当るというべきであり、このことは裁判所へ出頭する理由が訴訟記録閲覧謄写のためであることによって何ら左右されるものではないと解される。
(四) ところで、申立人が本件各処分時いずれも名古屋拘置所に勾留されていたことは申立人の自認するところであり、右勾留の裁判は法律の定める手続によって行なわれたものと推定されるから、前記説示に照らせば、申立人は、本件各処分時、別件事件の原告として訴訟記録閲覧謄写権を有していたものの、勾留の裁判によって既に訴訟記録閲覧のために裁判所へ出頭しうる自由の制限を受けていたものであり、本件各処分等によって新たに右自由の制限を受けたというべきではないから、本件各処分等と右自由の制限との間には因果関係が存在せず、したがって、本件各処分等によって申立人の有する右自由が制限を受けたことを前提とする申立人の第四の請求は明らかに失当である。
(五) これに対し、申立人は、右自由は憲法上なかんくず憲法三二条所定の裁判を受ける権利によって保障された基本的人権であるから、これを拒否する被告の本件各処分等は違法である旨主張する。申立人の右主張の根拠は、必ずしも明確ではないが、弁論の全趣旨によれば、申立人の右主張の根拠は、憲法三二条所定の裁判を受ける権利とは単に裁判を受ける権利を保護したのみならず、その前提として訴訟を追行するための準備活動である記録閲覧謄写権をも保障したものであるから、勾留中であってもなお記録閲覧謄写のためであれば裁判所へ出頭しうる自由を有しており、身柄を拘束している被告拘置所長としては、申立人から右目的のために裁判所へ出頭したいという要請を受ければ、勾留中であることを理由としてこれを拒否できないということにあると解せられる。
しかしながら、憲法三二条所定の「裁判を受ける権利」とは、これを民事事件および行政事件についていえば、何人も自己の権利または利益が不法に侵害されていると認めるときは、裁判所に対して、その主張の当否を判断し、その損害の救済に必要な措置をとることを求める権利すなわち裁判請求権を有することを意味するものであって、訴訟記録閲覧謄写のために裁判所へ出頭しうる自由を保障したものでないと解するのが相当であるから、申立人の右主張は右の点ですでに失当である。
また仮に「右裁判を受ける権利」が訴訟記録閲覧謄写のために裁判所へ出頭しうる自由をも保障したとしても、右「裁判を受ける権利」は全く無制限のものではなく、この憲法で許容する例外の存することを当然の前提としているものと解すべきであり、勾留中であることが右例外の一つに当ることは前記のとおりであるから、申立人の右主張はこの点からも失当である。
もっとも、一件記録によれば、申立人は、今まで別件事件の口頭弁論期日の数日前に東京拘置所から名古屋拘置所へ移監され、おおむね口頭弁論期日もしくはその前日に訴訟記録閲覧のため裁判所へ出頭していることが一応認められる。
しかしながら、このことは、勾留中の被告人は無罪の推定を受けるものであり、勾留の目的は被告人の逃亡と罪証隠滅を防止し、審判の円滑な遂行と刑の執行の確保のために認められるものであるから、勾留中の被告人の基本的人権の制限は右目的を達成しうる以上最少限度のものに限るのが妥当であること、また憲法三二条の「裁判を受ける権利」は訴訟記録閲覧謄写のために裁判所へ出頭しうる自由を保障したものでないことは前記のとおりであるが、「裁判を受ける権利」をより実効あらしめるためには訴訟記録の閲覧謄写をさせることが妥当であり、訴訟記録閲覧謄写をさせるためには勾留中の被告人を裁判所へ出頭させることも一方法であること、勾留の裁判は被告人を勾留場所と指定された拘禁施設から一歩も外に出してはならないことを命じた裁判ではないから、勾留中の被告人を裁判所へ出頭させ訴訟記録を閲覧謄写させたとしても、そのことは勾留の裁判に反するものではないこと等諸般の事情を考慮して拘禁施設の長である被告拘置所長がその裁量でなしたものにすぎず、申立人が勾留中にもかかわらず訴訟記録閲覧謄写のために裁判所へ出頭しうる自由を有していることを前提とするものではない。
してみると、被告拘置所長が、申立人から訴訟記録閲覧謄写のために裁判所へ出頭させてもらいたい旨の要請を受けた場合に、その便宜を図らなかったとしても、そのことをもって裁量権の濫用であるとか違法であるとかいうことはできないと解すべきである。
5 まとめ
以上によれば、申立人の本案事件中、第一ないし第三の請求はいずれも不適法なものであり、また第四の請求はその理由のないことが明らかであるから、いずれも勝訴の見込がないというべきである。
してみると、訴訟救助の付与を求める本件申立は理由がないから却下する。
(裁判長裁判官 加藤義則 裁判官 綿引穣 裁判官澤田経夫は転補につき記名押印ができない。裁判長裁判官 加藤義則)